![]() 記憶がなくなるまで飲んでも、なぜ家にたどり着けるのか? 有名建築家や若手建築家が設計した家ももちろん見てきたのですが、設計した人の有名無名にかかわらず、面白い家、心地よい家というのは、結局は施主しだいだよなー、と私は思っています。さて、水明洞、中井書房、三月書房と回って、寺町を下がっていてギャラリーテラでの展覧会「家の記憶」を思い出した(京都写真クラブの森岡パパがメール配信されていた)、とりあえずと二階に上がっビックリ。 >>和のつくり手フォーラム企画展「春待つ宵に」想いをつなぐ・かたちを楽しむ ひょんなことからインテリア担当になり、編集者として住宅と関わるようになって早十数年。コンビニのトイレのつもりが・・・F1上海GP第17戦@F1ブラジルGP第18戦(最終戦)園庭にて・・・。 琵琶湖疎水工事を含めた岡崎の明治後半から昭和にかけての雰囲気が判るかと楽しみだったのだが、期待はずれだったのです。川端彌之助「京都駅」(1929年)、伊藤久三郎「皮膚」(1934年)「失題(蝙蝠傘)」(1937年)を知ったのは有り難いし、東松照明の「京まんだら」シリーズもよかった。 家垣鹿之助や小寺不二夫の事を古い写真雑誌で確認しなければ、戦前京都の詩人達に関する銀紙書房の次の本は、ギャラリーテラを終着点とする事になるのかな。 |
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